わたしは今、週に6日早朝のお仕事をしていて、今朝はカフェの開店準備と仕込みのお仕事でした。
いつものようにお米を研いで、出汁をとって、椅子や机、20個はある観葉植物を移動させて、、、やるべき仕事が半分ほど終わったタイミングで、前方から警備のおじちゃんがやってきて
「今日定休日やけど聞いてない?準備してるのカメラで見えたから来たんやけど、、」と。
(知らんかった。。。)
すっかり笑えてきて、「すいません知りませんでしたー!」といったら「片付けてもらわなあかんと思うけど、、」とおじちゃんも笑顔に。
基本的に曜日固定なので、シフトをもらうことはなく、イレギュラーの休みの時には店長さんから伝えてもらうというスタイル。
〝店長さん、忙しいから忘れてはったんやなぁ〟
決して人を責めることはできないくらいに、自分自身忘れっぽくて適当な人間なので「しゃーない、しゃーない」と思いながら
さぁ、せっかく1時間かけて開店準備したけど、全部片付けるかー、と思って取り掛かると、思った以上にこれが大変。
20個の観葉植物も、椅子も机も元に戻さないといけないし、取った出汁は冷まして冷蔵庫にしまわないと、、慣れないシャッター閉めにも苦戦するし、なんせせっかく働いた1時間が無意味だったことに気がついて、すっかり悲しくなりました。
したこと全部なんの意味もなかったんだ、と思うと泣けてきそうなほど。(そんなに)
そんな感情になった時、最近わたしの頭の中にあった疑問とつながりました。
〝人間はなぜ、猫みたいに生きるためだけに生きられないんだろう?〟
〝なぜ最低限稼ぐためだけの仕事だと満足いかないんだろう?〟
〝なぜものを作るんだろう、挑戦するんだろう、頑張るんだろう、、、〟などなど。
その答えにつながったのが今日のできごと。
(あーそっか、意味がないってことは悲しいのか。生まれてきて、なんの意味もなく死んでいくのは悲しいから、意味を見出したいんだ。)
ひょんなハプニングから、最近頭の中にあった(?)がスッキリ解決しました。
どんなことも、元を辿れば単純な人間の欲求なのかもしれません。
人間は自分を含めおバカで傲慢だけど、憎めない生物なんだと改めて思いました。
思いもよらないところから答えが見つかって、今日の無駄働きは1,150円の時給よりも、私にとってはるかに価値のある時間になったのでした。



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